ここまでの記事で、
感情に基づいた資金管理・ルール構築、そして指標の扱いについて整理してきました。
ここまで来て、避けて通れないのは、券種の問題です。
私の場合、ここが定まらず、辞めるに至ったといっても過言ではありません。
それにしても、何故、こんなに券種や買い方のバリエーションがあるのでしょうか?
ニーズがあったから、作った。それだけの事なのでしょうか?
券種の多さは親切?知的遊戯ならでは?
競馬をやってみて、これまで記事にしてきた事を行う上で本当に難しいと思ったのが、券種の絞り方でした。
買い方ひとつで、まったく違う結果になってしまうからです。
当初は、控除率の問題から、単勝・複勝を買うのが、最も損をしにくいであろう くらいしか、私が語れることは無いと思っていました。
しかし、これまで記事を書いてきて、どうもそんな単純な話で片付けられないのではないか?と感じたのです。
そもそも、なぜ、こんなに券種が多いのか?
ギャンブルが人間の特性をよく利用している以上、券種の多さにも意味があるのではないか?
そう気付いたのです。
単勝、複勝、ワイド、馬連、馬単、三連複、三連単……
これほど多くの「選択肢」が同時に与えられるギャンブルは、
実はそれほど多くありません。
券種が多いと、
人は「自分で考えて選んでいる」と感じます。
堅実派や初心者は複勝、予想スタイルが確立できた人や、エッジを最大化するために三連系・・・というように、
「自分のスタイルに合わせて選べる」
親切な仕組みに見えます。
ですが実際にやってみると、
この“選べる”という状態そのものが、
大きな負担になっていると感じたことはないでしょうか。
券種選びあるある その①
「買う前から、もう疲れてしまう」
予想をして、印を打って、
ある程度、狙いは固まっている。
それなのに、
- 単勝にするか
- 複勝にするか
- ワイドに広げるか
- 三連系を混ぜるか
ここで急に、頭が重くなる。
「トリガミにならないように買いたいが、どう組み合わせるのが正解か分からない」
「絞りすぎるのも、広げるのも、どう選んでも後悔しそう」etc…
この時点で、
もう判断のためのエネルギーはかなり削られています。
券種選びあるある その②
「考えているのに、判断が雑になる」
不思議なことに、
考える量が増えるほど、
判断は慎重になるどころか、
むしろ雑になっていきます。
- 切る理由を考えるのが面倒になる
- 「とりあえず押さえ」が増える
- 一貫性のない買い目になる
これは、能力の問題ではありません。
判断する回数が多すぎる
ただ、それだけです。
券種選びあるある その③
「レース前に、ルールが揺らぐ」
「今日は単勝中心でいく」
「三連系は買わない」
そう決めていたはずなのに、
オッズを見る
↓
他の券種が気になる
↓
一度決めたルールが揺らぐ
そして最終的には、
「今回は特別だから」
という理由で、ルールを破る。
これも、意志の弱さではありません。
判断疲れの末に起きる、自然な現象です。
選択肢が多いほど、人は合理的でいられなくなる
心理学では、
選択肢が多すぎると
人は満足な判断ができなくなる
ということが知られています。
- 判断の質が下がる
- 決断に疲れる
- 後悔しやすくなる
競馬は、この条件をすべて満たしています。
しかも、
「自分で考えて選んだ」
という感覚だけは、強く残る。
だからこそ、
うまくいかなかった時に、
「もう少し考えれば良かった」
と、さらに自分を追い込んでしまう。
「選択疲れ」という現象
ここまでの話を整理すると、
競馬が難しい理由のひとつは、
👉 考える前に、もう疲れてしまう構造
にあります。
- 券種が多い
- 判断の回数が多い
- 迷う場所が、いつも同じ
この状態では、
どれだけ知識があっても
どれだけルールを決めても
実行しきれなくなるのは、
ある意味、当然です。
疲れるのに、なぜ競馬を続けようと思うのか?
そして、ここで
もう一つ重要な疑問が残ります。
それでも人は、なぜ考え続けてしまうのか。
疲れるはずなのに、
迷い続けてしんどいはずなのに、
なぜか楽しい。なぜかやめられない。
・・・ここまで目を通して下さった方は、もうお気づきだと思いますが、
これにはやはり、理由があります。
この現象は、
行動経済学や脳科学の分野で、すでに説明のできるものなのです。
ここまで疲れているはずなのに、
なぜ人はそれでも「考えること」をやめられないのか――
次回は、その不思議な感覚を、脳の仕組みから見ていきます。
